2011年08月14日(日)

「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 

「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)
著者:仲正 昌樹
出版:筑摩書房
発行:2003/09

評価〔B+〕 哲学と社会学から自由を考えてみる
キーワード:思想、哲学、教育、社会学、

他者との特定の関係性の中で、その「状況における自分」にとっての“自由”や“主体性”であれば、それまでの学習や経験から何とか答えが出るとしても、それを越えたものは考えにくい。(プロローグより抜粋)


一時期、自己責任という言葉が流行りました。時が経つにつれどんどん個の時代となる中で、主体性・自己決定・自主性・自由などの単語が多用されるようになっていますが、これらの言葉は具体的には厳密にはどのような状態や程度を示すのでしょうか。改めて考えてみて本当に自由なのかを問い、どのように振舞うべきかが提案されています。著者は学生の時は哲学専攻ではなかったのですが、本書は、言葉の定義を突き詰めて考察する哲学的手法で書かれています。

抽象概念の歴史的な背景と厳密な説明は、かなり難しく感じました。きちんと解説されているのですが、一文の中に専門用語が4つも5つも出てくると、噛み砕いて読むのも大変です。普通の新書より読むのに時間がかかりました。それにしても用語をしめす鍵括弧が多いです。括弧だらけの文章だ。また、ルソーの社会契約論やリヴァイヤサンなど、聞いたことはあるが意味は知らない語句に触れている点も良かったですね。

一方、具体的な概念の説明として、教育、医療の分野が挙げられていて、抽象的な説明とはうって変わって分かりやすいです。教育の「生きる力」に違和感を覚えることや、医者に「情報開示」されても自由な感じがしないことが腑に落ちると思います。主体性や自主性を与えられているようにみえるが、実際はそうでもないことが分かるでしょう。「真の生きる力」「主体性は気の短さ」の話は興味深かったです。


分かりやすい本とは言えません。著者もなんらかの自己変革がなければ、哲学の分かり方ではないと言っています。自分のものにするため、また読み直してみます。



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[ 2011/08/14 10:53 ] 心理・哲学 | TB(0) | CM(0)

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