2009年12月17日(木)

人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 

人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 (中公新書)人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 (中公新書)
著者:稲垣 佳世子波多野 誼余夫
出版:中央公論社
発行:1989/01

評価〔A-〕 いわゆる勉強ではない学びです。
キーワード:学ぶ、教育、知的好奇心

しかし「学ぶ」とは、そのように暗いイメージしかもてないものなのだろうか。(まえがきより抜粋)


特定の何かを学習することではなく、学ぶことそのものについて様々な観点から書かれた本です。著者は「無気力の心理学」を書いた2人で、本書もその本の流れをくんでいるようです。「才能に目覚めよう」で特徴が学習欲と判定された僕には、なかなか興味深い題名です。

学校で行われているような教師が生徒に教える構造、すなわち前者は有能で後者は怠け者とみなす「伝統的な学習観」に異を唱えています。本来の学習とはそうではなく、必要や知的好奇心、時には文化や仲間の存在も学習の意欲を刺激していると。

目を引いたのは、知的好奇心とは起こりうる変化の可能性に備えとした遠い未来志向である、という記述です。面白いから学ぶのではなく、不安解消のために用心のために学ぶ……驚きと納得の理論です。また、人がことばや数を学ぶとき、生まれつきある程度の解釈・仮説が備わっているとする「認知的制約」の概念も驚きです。効率的に学べるように予め何らかの方向づけが、言い方を変えると、人が学びやすいようにプログラムされているとしか思えないのは不思議です。

「無気力の心理学」と同様に、様々な研究や文献を元に書かれた科学的根拠のある本です。惜しいのは、やはり文章が硬く古い本であるため、最新の心理学研究の記述はないことでしょうか。それと、読者自身の学習意欲を呼び起こすタイプの本ではない点。しかし、何かを教える立場の人にとっては有益な参考書となりそうです。



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[ 2009/12/17 22:33 ] 心理・哲学 | TB(0) | CM(0)

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