FC2ブログ







2015年12月10日(木)

詭弁論理学 



著者:野崎 昭弘 (著)
発売日: 1976/10/25

評価〔B+〕 議論を楽しむために。
キーワード:詭弁、強弁、論理学、論理パズル

「悪魔か、否か」の二分法を、有無をいわさず押しつけるのが強弁だとすれば、「何となくその気にさせる」のが詭弁である。(本文より抜粋)


口のうまい人と話をしていると、少し違和感を感じつつも、相手の言い分が正しいような気がしてきます。理屈は合っているような感じがしても、結論がおかしいなんてことが多々あるのではないでしょうか。議論で押し切られたり、丸めこまれたりしないよう、強弁や詭弁、そして論理あそびを分かりやすく説明しています。

自分を無理に押し通す強弁は分かりやすいのですが、誤魔化そうとする詭弁はなかなか複雑です。正しく議論するために、一致できる点を確かめつつ、強弁・詭弁を弄してきたら聞かずに議論を打ち切るべき、という心構えは共感できます。二分法で、中間を探るのも良い手法だと感じました。

後半は議論を楽しむために論理パズルを紹介しています。前半同様面白いのですが、詭弁とは方向性が違っていると感じました。できれば本を分けたほうが、より分かりやすくて良かったのかも。また、論理パズルは他の本で既に知っているものがありました。もし、これらの問題を本書で初めて見たならば、驚きと新鮮さがあったのですが・・・・・・。出版年月が古いので、既読の本が本書を参考にした可能性もありますので、評価しづらいですね。

ケネディの問題は、あぁいつもの正直者と嘘つきのやつかと思って読んでいたら、いつ嘘をつくか分からない正真正銘の嘘つきが登場して、驚きつつもワクワクしてしまいました。これは強敵です。あとは、四十人の貴族の問題がややこしくて印象深いです。問い自体は分かりやすいのに、答えを導くのは簡単ではありません。論理学は面白そうですが、難しそうです。



スポンサーサイト
[ 2015/12/10 21:10 ] 心理・哲学 | TB(0) | CM(0)

2015年12月10日(木)

日本人のしつけは衰退したか 



著者:広田 照幸 (著)
発売日: 1999/4/15

評価〔A-〕 昔と比べてどうなのでしょうか?
キーワード:教育、しつけ、家庭、学校、戦前、戦後、

回答者たちは、自由回答の部分ではみんな口をそろえたように、しつけは家庭以外の担い手によってなされた、あるいは、家庭では特にしつけはなかったと答えているのである。(本文より抜粋)


子どもや若者の犯罪や社会問題が話題になると、しばしば『最近の親は子どものしつけがなっていない』という批判をよく目にします。現状はひとまず置いておくとして、それでは昔は教育やしつけがきちんとなされていたのでしょうか。本書は戦前から現代までの教育の在り方について、アンケートや資料・統計から考察します。

昔はしつけが厳しく、子供は素直に聞いていたというイメージに反し、上記の引用のように、実際は家庭でのしつけは重視されていなかったのが意外でした。まだ全体的に貧しかった頃は、日々に暮らしに追われていて教育どころではなかったのは、ごく自然なことだったのだと思います。今でも貧しい国では、子供は勉強する者ではなく労働する者です。それが終戦を経て高度経済成長期に入り、農業の衰退と核家族化によって、次第に教育が重視されていくという流れは説得力があります。

童心・厳格・学歴の三つの教育方針の話が興味深かったです。子どもらしさなんて最近の教育論かと思っていましたが、思いのほか昔から言われていて驚きました。意外と教育やしつけする側の心情は、それほど変わっていないのかもしれません。

しつけが地域社会から家族・両親へと、どんどん責任を押し付けられているように感じました。あまり厳しいと、親も子もストレスでまいってしまうので、何か対策が必要です。例えば、あとがきにある「完璧な親を目指さない」心がけは、親の一つの指針になるのではないでしょうか。

本書は99年出版で、既に15年以上経っていますが、世間やマスコミの認識はさほど変化していないように感じます。昔よりしつけがなっていないと。そう勘違いしている人や教育に携わる人に、現代の教育を考えるために読んでもらいたい本です。



[ 2015/12/10 21:07 ] 社会・歴史 | TB(0) | CM(0)