2013年10月03日(木)

日本語は「空気」が決める 社会言語学入門 

日本語は「空気」が決める 社会言語学入門 (光文社新書)日本語は「空気」が決める 社会言語学入門 (光文社新書)
著者:石黒 圭
出版:光文社
発行:2013/05/17

評価〔B〕 言葉の適切さを研究する学問です
キーワード:言語、話し言葉、言葉づかい、

社会言語学の立場からすると、「正しい敬語」は存在しません。あるのは「ふさわしい敬語」だけです。(本文より抜粋)


社会言語学という分野があるのを本書を読むまで知りませんでした。言語学と聞くと品詞や動詞の活用、古語を研究しているイメージですが、社会言語学は仕組みそのものではなく実際に話されている生の言葉を研究する身近な学問です。

話し言葉や言葉づかいは話す相手によってを変わるのは当然ですが、話し手の立場や年齢、話題の内容、会話の場所・状況などによっても変わるのを分かりやすく説明しています。興味深いのは地域方言の効果で、キリスト教の一説を大阪弁に翻訳した文章を読むと、同じ内容でも言葉によっていかに印象が変わるのかが実感できて面白いです。また、日本語の特徴である人称表現の多さについても解説されていて、日本の社会が年齢を重視してきたかが分かります。

終盤は言語と政治や文化の関係が述べられています。方言として存在している八重山語や八丈語は、ユネスコでは独立した言語と認識されていて興味深いです。こうした言語の危機もそうですが、言語学者として英語の早期教育にも警鐘を鳴らしていています。

今までの経験から既に理解している項目もあるので、全て目新しいわけではありませんでしたが、一冊の本としてまとまっているで知識を整理するには便利です。題としては「空気」ではなく「状況」にしてほしかったかな。「空気」という言葉があまり好きではないので。




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[ 2013/10/03 21:25 ] 言語 | TB(0) | CM(0)

2012年10月20日(土)

それでもドキュメンタリーは嘘をつく (角川文庫) 

それでもドキュメンタリーは嘘をつく (角川文庫)それでもドキュメンタリーは嘘をつく (角川文庫)
著者:森 達也
出版:角川グループパブリッシング
発行:2008/09/25

評価〔B+〕 ドキュメンタリーは表現だ。
キーワード:ドキュメンタリー、マスメディア、映画、映像

ドキュメンタリーは徹底して一人称なのだ。(第4章より抜粋)


大人になってからドキュメンタリー番組を見るようになりました。日々のニュースとは違って一つの話題に時間をかけている分、じっくり見ることができるが好きです。ドキュメンタリーは客観的な視点で作られ、ニュースの拡大版もしくは特集のようなもの、と思っていましたが、本書を読むとどうやらそうでもないらしいのです。テレビのディレクターや映画監督としてドキュメンタリー作品を手がけ、オウム真理教のドキュメンタリー「A」を撮った著者が、体験や作品をもとに自論を述べています。

ドキュメンタリー映像は表現することで、完全なる公正や中立は不可能だと解いています。確かに、何をとりたいのか、何をどう伝えるのか、と考えていくと主観的にならざるを得ません。人が作るものなので、客観的にしようとしても監督の考えが作品に影響してしまうのでしょう。

また、事実のみ伝えると思われていたドキュメンタリーに、表現するための作為が存在することがあることを知りました。ドキュメンタリーでも取り直しや役者を使うなんて知りませんでした。

タイトルの「嘘」とは、上記の主観やこれらの作為を示しています。客観性が大切なのではなく、作り手の意図や主張、撮る側と撮られる側の関係がドキュメンタリー映画を作ると強調しています。対象への距離ではなく、距離を自覚することが重要とも述べています。

映画以外にもテレビの自主規制の実情も書かれていて、マスメディアの現状が分かります。よく整理された読みやすい読み物ではないと思いますが、これからこの世界で働こうと思う人や、現在働いている人には知っていて欲しい内容です。





[ 2012/10/20 21:35 ] 社会・歴史 | TB(0) | CM(0)

2012年02月04日(土)

マンガはなぜ規制されるのか 「有害」をめぐる半世紀の攻防 

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)
著者:長岡 義幸
出版:平凡社
発行:2010/11/16

評価〔B〕 道徳心と表現の自由
キーワード:漫画、青少年、規制、出版

マンガなどの表現物に対する規制は、大きく分けるとふたつある。わいせつか否かと、「青少年に有害」か否かだ。(第二章より抜粋)


2~3年前、東京都の青少年条例改定案が議論された時に、ネットでも話題になりました。ネットでは、表現の自由が侵害されるとのことで反対意見が多かったと記憶しています。当時はなぜそれほどの大事になったのか詳しく知らなかったので、いまいちピンときませんでした。どうしてマンガを規制するのか?を今までの経緯と共に論じた、ルポ風の解説本です。

題名に反して、内容の大半は規制の歴史と規制についての解説です。なぜの部分、著者の意見は第五章で語られますが分量は少ないです。その点は期待はずれで不満が残りました。しかし、その分、有害図書や青少年条例の流れが多くの人の発言記録を踏まえて丁寧に書かれています。資料のような感じです。ただし、著者は出版側の人なので、まったくの中立ではなく批判的です。順を追って読めば、規制についての基本的な知識が得られるでしょう。非実在青少年って言葉がなんか凄いよね。「ヒツジの箱」の話も実に役所らしいです。

僕が子供の頃は、テレビゲームばかりしていると脳波に異常が起きるゲーム脳と呼ばれる状態になる、なんてよく言われたものですが、規制の歴史を見ると、マンガも戦後の頃から同じように保護者や教育者たちからよい顔をされなかったみたいです。非難される内容も理由も同じなのが、驚きました。出版業界も以前から自主規制をしていて、有害図書に指定されたら即廃刊にするなど決して努力しなかったわけではないのが分かります。

規制側の「妄想であっても子供の人権を侵害する」という主張や、権力を強めたいだけに見える某機関はいかがなものかと思います。二章の、憲法学者が法廷で述べた「表現の自由は、少数者の利益保護のためのもの」は、説得力があります。確かに多数派のためだったらそのような権利は必要ないでしょう。

暴力的シーンや過激な性描写が実際に犯罪を誘発するのかは、科学的に証明されていません。保護者側からすれば子供を守ろうとする情や道徳・倫理の問題だけれど、創作者側からすれば書きたいものを書き読みたいものを読む表現の自由の問題なので、いまいち噛み合っていないのかもしれません。マンガは好きだし、あまり過保護でもなあと思うので、表現の自由を大切にして欲しいですね。




[ 2012/02/04 10:57 ] 社会・歴史 | TB(0) | CM(0)