| 著者:柴田 勝家 発売日: 2016/8/24
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評価〔C-〕 架空ゲーム・アコーマンは面白そう。キーワード:SF、ミクロネシア、宗教、死生観
「ええ、そうです。ミクロネシア唯一の、いや違うか、世界で唯一最後の宗教だ」(Transcription 1より抜粋)
宗教が廃れた近未来で宗教と死生観に注目した風変わりなSFです。SFと言えば科学技術が発達して現在とは違った社会や生活を想像しますが、本書ではその先にある人々の死生観について、並行して語られる4つの物語によって描かれています。
人生のすべてを記録し再生できる生体受像、島々が橋で繋がったミクロネシア経済連合体、死後の世界が否定され信じる者がほとんどいない社会と好奇心が刺激される要素がいくつもあります。ミクロネシアでの4つの物語は出身も立場も異なる人々が、後になって繋がっていくのも予想はしていましたが面白いです。しかし、肝心のところ、人生をすべて記録・再生できるから死後の世界をまったく信じなくなるという点がどうにも腑に落ちず、そうなのかなあと半信半疑でうまく楽しめませんでした。未来の人々の価値観に共感できなくて没頭できなかったというほうが近いかな。他人の死をどうとらえるのかと、自己の死をどうとらえるのかはまた別の話ですし、記録されれば心置きなくこの世を去ることができる、とはならないんじゃないのかな。
しかし、どの物語も比較的淡々と進んで派手な見せ場はなかったので、結構退屈に感じました。意外な事実にはもちろん驚きましたし、なるほどなと感心もしましたが、話の筋が面白いのとはまた別です。また、生死に関する哲学的なことに重点が置かれているため、それらに興味のない方にはつまらないかもしれません。
巻末の解説はあやふやだった理解をすっきり分かりやすくしてくれたので、読解力に自信のない方は読むのをおすすめします。
| 著者:飯山 陽 発売日: 2021/2/28
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評価〔A〕 確かに通説は礼賛ばかリでした。キーワード:イスラム教、イスラム主義、移民、多文化共生、過激派
私たちが第一に理解すべきは、イスラム的価値観は、全ての人間に等しく自由や権利を認めるべきだとする近代的価値観とは全く異なるという事実です。(終章より抜粋)
ヨーロッパ(EU)の人が日本は移民が少なくていいという主旨の書き込みを何回か見たことがあります。時々目にするニュースではEUの移民問題はかなり深刻なものらしく、大部分を占めるイスラム系移民は以前より歓迎されていないようです。日本ではイスラム教は寛容な宗教だと説明されることが多いのですが、なぜ問題が起きてしまうのでしょうか。著者は通説とは異なる見解を示し、日本人がイスラム教を正しく理解することを切願しています。
現在流布している通説はマスコミが重用するリベラル知識人により広まったもので、日本の体制および資本主義社会の批判のために利用されていると断言しています。それらを一つ一つ丁寧に反論しています。例えば、異教徒に寛容と言われているけれど、多神教徒を不浄と考え改宗か服従か死しか認めないそうです。ほとんどの信者は穏健派であるという主張には、道徳や人権は社会によって異なるし、女性親族が名誉を汚したら男性親族が殺害をする名誉殺人などは日本の穏健の感覚とはずれていると指摘しています。読んでいると男女に関する価値観の大きな隔たりを感じました。
通説を主張しているイスラム教の研究者を名指しで批判しているのは潔いです。多くの人を実名で批判するのは、自分の知識に相当自信があるのでしょう。反論する際にコーランのどの部分に書かれているかきちんと明示している点、教義や風習のアンケート結果の数値、相手の間違っている反論に対して論点をずらしていると指摘している点が良かったです。後者は実に巧妙で、知識がない人や議論に慣れていない場合は騙されてしまいます。
理解するうえで知っておいた方がよい知識や情報も記述されています。信者はコーラン以外にも守るべきものとして預言者の言行録ハーディスの存在は知りませんでした。また、アルジャジーラが言われているような公正なメディアではないことなども書かれていて驚きました。知らないことばかりで勉強になります。
イスラム教の知識人と著者で討論会をすればどちらに分があるのかはっきりしそうですね。本書の反論に対する再反論もありましたら聞いてみたいです。なんにせよ一読して、イスラム教やアラブについて深く知ったほうが良いでしょう。賛同するか反対するかはそれからです。
| 著者:架神 恭介 発売日: 2016/12/7
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評価〔S-〕 時々広島弁が分からない。キーワード:娯楽作品、任侠、極道、宗教、キリスト教史、
「勧誘するんならイエス親分の生き様こそ語るべきじゃろうが。わしゃ、これ以上、パウロの妄想に親分が汚されるんは我慢ならんのじゃ!」(第4章パウロより抜粋)
凄いものを読んでしまった、というのが正直な感想です。題名からも薄々お気づきかもしれませんが、キリスト教をやくざに見立てた娯楽小説です。何を言っているのか分からない方もいるかと思いますが娯楽作品です。信仰は任侠道、教会は組と巧みに極道用語に言い換えられ、当然のごとく広島弁を駆使したやくざたちによってキリスト教の歴史がダイジェストで繰り広げられます。
第1章やくざイエスの文字を見た時は本当にこの本は大丈夫なのだろうかと心配したものですが、物語は予想よりも違和感なく進みます。語られることがほとんどない宗教組織の利益・面子・体裁などは任侠集団のそれと似ていて、親和性があったのかもしれません。エンタテインメント性を重視したとは言えマルコ福音書と専門家の解釈を参考にしているので、人物の心境や言葉遣いは別として概ね史実であることを踏まえると、聖職者も人間なのだなと改めて思わされます。キリスト組だけでなく仏組やイスラム組の内情も同じようなものなのでしょうか。
初期の教会時代や十字軍の収拾のつかない事態など勉強になりました。言葉だけ知っていたカノッサの屈辱も知ることができましたし。一番印象深かったのは文庫版おまけの出エジプトです。著者が最も面白いと言っているだけあり、モーセと神様のやりとりが緊迫感と共に分かりやすく描写されています。本編で神様は伝説の大任侠や大親分と語られるのみでどうもその偉大さが伝わってきませんでした。しかし、この出エジプトでは圧倒的な存在として登場しふるまいます。圧倒的な緊迫感です。なぜ皆が恐れたのかよく理解できる物語でした。文庫版を読んでいないかたは是非是非。
それにしても著者の独創性と着眼点には驚きました。キリスト教の歴史を知る入門書として活用されてみてはいかがでしょうか。クリスチャンが読んだとき果たしてどのような感想を抱くのか・・・・・・。
| 著者:渡部 昇一 発売日: 2017/9/2
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評価〔B-〕 他の宗教も似たような感じなのかな。キーワード:宗教、魂、パスカル、ウォレス、死後の世界、
そしてこのとき、私は、「ああ、人間には、肉体を超えた何物かがある」と、感じたのです。(序章より抜粋)
魂や死後の世界はどういうものか?は直接論じていません。著者が魂と死後の世界を信じるようになった経緯と理由が、詳細に記されています。話の中心となるのはキリスト教ですが、詳しくなくてもカトリックとプロテスタントという宗派があることは知っている程度の知識で十分読むことができます。
生まれ育った環境やオカルト的な体験が要因になっているのは予想がつきましたけど、パスカルの「賭けの精神」の影響が大きいのは意外でした。このような論理で信仰に目覚めることもあるのですね。この「賭けの精神」は負けることのない賭けと書いてあります。しかし、どうも腑に落ちない気分になり残念ながら感銘しませんでした。
魂を語るうえで進化論に触れた章があります。生物地理学の父、ウォレスは名前も知らなったので興味深く読みました。ここ以外の章でも科学を否定している訳ではなく、科学では説明のつかない大切な部分を繰り返し論じています。
自分の周囲にはあまりいない価値観を知ることができて良かったです。
| 著者:三井 誠 発売日: 2019/5/21
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評価〔B+〕 実物大のノアの方舟があるとは驚き。キーワード:科学、宗教、政治、論理的、アメリカ、
温暖化を疑う姿勢は、その人の「知識のあるなし」に由来するのではなく、その人の「思い」から生まれているのだ。(第1章より抜粋)
科学分野でのアメリカといえば、NASAなどを見ても明らかなように世界の最先端を走っているイメージがあります。しかし、進化論を否定し人工妊娠中絶を許さない、科学よりも宗教を重んじる人々が少なくないというニュースも時々耳にします。また、科学に対する不信も深まっているそうです。なぜ科学を信じないのか、科学を専門とする記者が全米各地で生の声を聞いたノンフィクションです。
知識がないから科学者の研究結果を信じないと考えるのは著者も指摘していたように間違いで、結局人は見たいものを見て信じたいものを信じるということなのでしょう。私もネットで自分の反対意見の記事を読もうとはあまり思いません。本書ではその理由として宗教と政治に注目しています。宗教と科学が反発するのは分かります。政治とも合わないことがあるのは驚きでした。政治、政治と言っていますけど、正確には経済的な理由や反エリート主義だと思います。
問題点の列挙だけでなく、科学者たちの反科学に対する取り組みまで調べているのは良かったです。ただ知識を伝えるのではなく、アリストテレスの論理・信頼・共感の3要素をおろそかにせず相手に伝えることが大切なのは賛成です。話はよく分からないけれどあの人の言うことなら信じよう、なんてことは珍しくないですからね。
アメリカの取材だけで『人は科学が苦手』と言えるのかは疑問ですが、反科学の人々を理解するのに有益です。