2016年12月21日(水)

葬式は必要! 



著者:一条 真也
発売日: 2010/4/20

評価〔C+〕 遺族のためは分かるけど・・・・・・。
キーワード:葬式、儒教、葬儀業者、

愛する者を失った遺族の心は不安定に揺れ動いています。そこに儀式というしっかりした形のあるものを押し当てることによって「不安」を和らげます。(本文より抜粋)


葬式無用論が話題となって葬式の形が変わりつつあります。しかし、このまま葬式をなくしてしまってよいのでしょうか。危機感を持った著者が、自身の冠婚葬祭業の経験を踏まえ、葬式の意義と大切さについて説きます。

先日「葬式は、要らない」を読み、片方の主張だけでは分からないこともありそうだと感じ、その反論である本書を手に取りました。時代の流れで葬儀の個性化が進んでいること、葬式代が高いのが不満であること、納得のいくお別れができれば良いということは、両者の意見が似ていて意外でした。

著者は論理よりも人情を重視していて、うなずける部分もあります。けれども、葬式は最高の自己実現・最大の自己表現である、はどうも腑に落ちませんでした。また、儒教を重視し過ぎて、葬式をしないのは人ではないと非難するのは言い過ぎだと思います。仕事にしているので、思い入れが強過ぎるのではないでしょうか。8章で紹介されていた寺の息子の意見が、一般の人の考えに一番近そうだと思うのですがどうでしょう。

葬式は故人の遺志を尊重したいですが、絶対必要とまでは本書を読んでも思えませんでした。故人の死を悲しむこと自体は大切だと思いますけどね。



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[ 2016/12/21 21:52 ] 社会・歴史 | TB(0) | CM(0)

2016年11月26日(土)

葬式は、要らない 



著者:島田 裕巳
発売日: 2010/1/28

評価〔A-〕 見栄と世間体と贅沢。
キーワード:葬式、仏教、戒名、家族葬、直葬、

どうせ授かるなら平凡なものではなく院号のついた立派なものが欲しい。本人もそれを望むが、喪主となった遺族も世間に対する見栄から立派な戒名を望む。都会における院号のインフレ化の背景には、そうした都会人の欲望がからんでいる。(第6章より抜粋)


家族葬という言葉を数年前に初めて見ました。その時に、家族だけで行われる質素な葬式だと知ったのですが、あまり気にしていませんでした。しかし、それから目にしたり耳にしたりする機会が増え、今ではすっかり社会に定着しつつあります。この家族葬をはじめ、葬式のあり方がどんどん変化しているのを実感しています。高すぎる費用もよく話題にあがります。どうしてこんなにかかるのか、そもそも葬式と戒名とはどのようなものなのか。根本的なところから、日本の葬式のあり方について述べています。

あまり知られていない葬式仏教の成り立ちや戒名の意味、戦後の家族のあり方と葬式の変化が分かりやすく書かれています。最新の葬式にも触れていて、樹木葬なるものは初めて知りましたし、宇宙葬が普通の葬式よりずっと安いのには驚きました。また、戒名は見栄や名誉が強く関係していると指摘している点は、同意します。そうした例を見たことがありますので。現代社会が葬式無用論に近づいているという見解が印象に残りました。

過激な題名ですが、批判や否定だけしているわけではありません。「法的には葬式をあげなくても良い」「本来仏教には戒名という慣習はない」「家を単位とした葬式は現代と合っていない」と説明していますが、上層階級でしかなれなかった檀家になれる贅沢という葬式仏教の良い点もきちんと説明しています。寺の経済事情と戒名料の話も興味深かったです。

出版された当時に読もうと思っていて読まなかった本ですが、数年遅れたとはいえ読んで良かったです。楽しい話題ではありませんが、葬式について家族と話す機会をもうけるのが良さそうですね。本書のすぐ後に、反論するかのように 「葬式は必要!」という題名の新書が出ています。そちらも興味がありますので、近いうちに読むつもりです。



[ 2016/11/26 21:06 ] 社会・歴史 | TB(0) | CM(0)